鳩居堂の歴史
 
竹内栖鳳(1864-1942) 画
現存土蔵鬼瓦
(瓦師甚兵衛天保4年8月彫と刻みあり。)
池大雅(1723-1776)、当店の看板を揮毫
頼山陽(1780-1832)
当店の看板を揮毫される。
     



1180年 熊谷直実(くまがいなおざね)が、軍功により源頼朝から「向かい鳩」の家紋を賜りました。
1186年 一の谷合戦で熊谷直実が平家の敦盛を討つお話は、文楽や歌舞伎の人気狂言「熊谷陣屋」で上演されます。舞台で使用される陣幕には「向かい鳩」の紋が漢数字の「八」のように描かれており、のちの「鳩居堂」と関連があります。



1193年 熊谷直実は出家して、法然上人の弟子になり、「蓮生(れんせい)」と名乗りました。





1663年 熊谷直実から数えて20代目の熊谷直心(じきしん)が、京都寺町の本能寺門前にて、薬種商「鳩居堂」を始めました。屋号は儒学者・室鳩巣(むろきゅうそう)の命名です。由来は中国の古い時代の民謡集『詩経』の召南の篇にある「維鵲巣有、維鳩居之」で、カササギの巣に託卵する鳩に、「店はお客様のもの」という謙譲の意を込めたものです。また、室鳩巣の雅号と熊谷家の家紋「向かい鳩」にちなんだ屋号でもあります。
1700年代 薬種の原料が「香」と共通するところから、薫香線香の製造がはじまりました。また同時に、薬種原料の輸入先である中国より、書画用文具を輸入して販売をはじめました。
1800年代初期 儒学者・頼山陽の指導で筆や墨の改良が試みられました。望みとおりの品ができたことを喜んだ山陽は「筆研紙墨皆極精良」と揮毫しました。
1850年前後 4代目熊谷直恭は、文人墨客との交流のほか社会奉仕にも志が篤く、天然痘の種痘所を設けたり、コレラ対策に力を注いだりしましたが、自らも1859年、コレラに感染して多彩な一生を終えました。
1860年前後 7代目熊谷直孝も、直恭の意思や行動を受け継ぎ、国事や教育事業に多大な業績を残し、没後の1903年には「贈従五位」の栄誉を授けられました。



1877年 直恭以来の社会奉仕や国事事業への貢献が認められ、8代目熊谷直行は、太政大臣三條実美公より、900年来伝承されてきた「宮中御用の合せ香」の秘方をすべて伝授されました。
平安朝に生まれた日本の香りは、一子相伝として今もなお、鳩居堂により正しく伝えられております。
そしてこの雅やかな薫香線香をこれからも大切に守り伝えていくことが私たちの使命と心しております。
1880年 宮中の御用を勤める必要から、明治13年銀座尾張町(現在の銀座5丁目)に木造平屋建の東京出張所を開設しました。



1942年 個人組織であった鳩居堂を3つの法人に分割し、製造部門=鳩居堂製造株式会社、販売部門=株式会社京都鳩居堂・株式会社東京鳩居堂としました。
1952年 書の手本として鳩居堂が保有している、藤原行成筆『仮名消息』が国宝に指定されました。
1982年 東京鳩居堂銀座本社ビル改築。

1995年 鳩居堂製造の新工房が完成。伝統的な手作業と最新コンピューター工程との融合が可能になりました。
2010年 日本の変わらぬ心、伝統文化を守り育てる。これを使命として、社員一同、研鑚を重ねております。今後とも、暖かいご支援とご指導をお願い申し上げます。
4代目当主 熊谷直恭画像
7代目当主 熊谷直考写真像 1859年撮影(2001年京都市指定文化財に登録されました。)
 
1891年宮内省御用達制度が定められ、1945年制度が廃止されるまで、その任を拝命しておりました。
国宝「仮名消息」
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